August 5, 2017

2017-08-05

マトモに寝られなくなった。精神はそれほど悪くなってないが、体調が悪い。


[…]博士論文を書き上げたミュルダールは、次第にカッセルよりもヴィクセルの理論や経済思想に魅力を感じるようになっていった。それは彼ばかりでなく、スウェーデンにおける彼と同世代の経済学者にはそうした雰囲気ができあがりつつあった。ヴィクセルの死後、1920年代後半はスウェーデン経済学界においてレッセ・フェール論調が強まった時期である。その主唱者はヘクシャーと目されており、カッセルもまたほぼ同列とみなされた。それに対して、ミュルダールら若手は概して介入主義に寛容であり、社会改革に意欲的な態度を取った。旧世代は1920年代を第一次世界大戦前の安定と進歩を回復させうる時期と認識した。しかし、戦前の状態を知ることなく育った新世代においては、安定の回復というよりも、社会改良が直接に目指されるべき目標であると感じられたからである。(藤田菜々子『ミュルダールの経済学』、p.26)

この本はそういう本でないけど、時代に与えられた「選好」って面白いトピックだなと思う。それはカジュアルに語ると単なる「世代論」になってしまうのだけれど。


ふと、「穏やかな差別主義」という言葉を考える。


そういえば、『万能コンピュータ』を読んで、フレーゲが筋金入りの反ユダヤ主義者だったことを初めて知った。以下は哲学者のマイケル・ダメットの言。

長年にわたって、その哲学的見解を学ぶことに私が多大な時間と思索を捧げてきた人物が、少なくとも晩年には毒々しい人種差別主義者、とりわけ反ユダヤ主義者だったというのは、じつに皮肉な事実であった。…彼の日記は、フレーゲが極端な右翼的意見を持っていた人間であり、議会制度、民主主義シャ、自由主義者、カトリック、フランスそして何よりもユダヤ人に対する、憎悪に満ちた敵意を持っていたことを示している。ユダヤ人たちに対して、彼は政治的権利が剥奪され、望むらくはドイツから追放されるべきだと、考えていた。私はフレーゲを完全に理性的な人間として尊敬していたので、はげしいショックを受けた。


ものすごく久しぶりにコードを書いた。

©Something | Randomized 2017