July 31, 2017

2017-07-31

3時起床。

6時半頃、買い物。

カビキラー的なものを初めて使った。シャワーカーテンが酷いことになってたんだが、結構劇的に落ちて驚いた。

証券口座の凍結が解けた。相場でも再開するとしよう。


本質的に飽きっぽいのは、もう、仕方ない。


心がけとして、100年以上前に生まれている人の本を読もうと思う。あるいは、100年以上前に生まれた人(の仕事)についての本。

具体的にいえば、ピケティの本や、ピケティについての本は読まないけど、ケインズやハイエクについては読む、というようなこと。あるいはハンナ・アーレントについては読むけど、リチャード・ローティやミシェル・フーコーについては読まない、というような。

現代小説は読まないし、流行語・バズワードにまつわる本も読まない。

徹底するのはムリだし意味もないのだが、心がけとして。(年をとると、歴史に興味を持つとかいうけど、そういう感じかもしれない。実際、10年や15年で社会の感性って本当に変わってしまうーーノイズを相手にしてもな)。

新しいことを読みたいのなら英語で読もう。


『コルナイ・ヤーノシュ自伝』読了。読んでよかった。共産主義を心情的に揺さぶったのが例えば、ソルジェニーツィンの『収容所群島』だとすれば、この人の各種作品は、論理的に共産主義(社会主義)が成立しないことをーーその内部に身を置きつつ、内外にーー説得した、ようなものであるようだ。その諸作品を、自伝的な語りの内部で、その背景を明かしつつ解説してくれる(「ソフトな/ハードな予算制約」ってこの人の言葉だったんだな)。

この本のあるところで、人は「現存する(した)」社会主義と、「現存する」にカッコを付けてーーあたかもそれ以外の可能性がありえるかのようにーー表記するのが一般的になっているが、わたしはカッコを付けずに表記する、と書いている。その言葉は重い。一つ、最後の方から引用しておこう。

1983年の『諸国民の健康』(The Health of Nations)と題する著作を出版した。7つの病を列挙して、簡単な病理学的分析を行った。インフレ、失業、不足、対外累積債務の膨張、成長の阻害、有害な不平等、官僚化がそれである。もちろん、このリストにさらに付け加えることもできる。これらを列挙した後、「完全に健康な社会-経済制度は存在しない」と言明するリスクをとった。我々は高々、病を選べるだけなのだ。もしこれらの病のうち、2つか3つで済ませることができる社会制度を構築できれば、それだけで喜ばなければならない。最悪の場合、4つあるいは5つの病が、我々を襲うのである。(p.393)

また、他にも旧共産圏(著者の場合はハンガリー)の「スパイ活動」がいかに凄いものだったか、なども、まるで知らないことだったので、驚き、勉強になった。スパイ活動のアーカイブが現在にも残っており、そこに信頼できると信じ切っていた人に話したことがそのまま書かれている、とか。

プライバシーとか、自由とか、そういう言葉一つ一つから受ける感覚は、それぞれの歴史に根ざし、簡単には通訳可能でもないんだろう。著者が西側の世界で一般的だった経済モデル(一般均衡理論)に違和を覚え、批判している点も、そこに発している。ついでに、一般均衡理論への疑義を、それを作った当人であるケネス・アローに初対面でエッセイの形で見せたら、アローはそれに賛辞を述べ、もっとやれと言ったそうだ。

繰り返すけど、読んでよかった。今後何度も振り返ることになると思う。

©Something | Randomized 2017