July 30, 2017

2017-07-30

朝か夜に起床。1時間か2時間位昼寝したが、その前いつ寝て起きたのか覚えていない。


彼[クロネッカー]が特に固執したのは、数学的な存在の証明は構成的でなければならない、という点だった。すなわち、クロネッカーにとっては、ある特定の条件を満たす数学的な実体が本当に存在するという証明は、その数学的存在を明示的に表す方法を提供するものでなければならなかった。/ヒルベルトは、まもなく彼自身の仕事によって、この格言に挑戦する。さらにずっとのちに、彼は講義で学生にこの区別を次のように説明するのを好んだ。この講義室にいる学生全員のうちで最も頭髪の薄い学生が存在する(頭が完全に禿げ上がった学生はいないとして)ことはーーそれが誰であるか特定する方法を私は全く知らないけれどもーー疑う余地がない、と。(マーティン・デイヴィス『万能コンピュータ』、p.81)

この本はとても面白い。最近(ここ数ヶ月)読んだ中で圧倒的にベスト。ライプニッツの普遍計算という夢がチューリング機械として結実するまでの、数学・論理学の発展の歴史を、その当事者(天才たち)の業績と伝記を紹介しながら、簡潔かつ明晰に辿っていく。本の中盤以降は、議論の触りの紹介でさえ付いていけなくなってしまったけれど、伝記的内容だけでも存分に面白い。少しずつでいいから勉強しようという気になる。


母袋夏生さんと、『突然ノックの音が』について語る

何だこのやたらと先鋭な話は。

母袋 現代ヘブライ語は、19世紀の終わりごろにベン・イェフダが、民族の存立のためには固有の言語が不可欠であるという考えを、仲間や家族の協力を得て実証した言語です。それまでどちらかというと書き言葉中心だったヘブライ語を、日常語として、子どもたちが学校で使える言葉にした。各地に離散したユダヤ人たちは通常はそれぞれの土地の言葉をしゃべっていたので、当時のオスマン帝国下のエルサレムは多言語の坩堝だった。そのなかで、ベン・イェフダは聖書や文献を渉猟して、日々の暮らしに合う言葉をつくっていった。

小泉 新しい言葉をつくって子どもたちに使わせる…すごい試みですね。

母袋 「汽車」なんて聖書の時代にはなかったし、「黒板」も「鉛筆」もなかった。ベン・イェフダはそういう言葉を、歴史的な典拠を明らかにしつつ、つくりだしていったんですね。

小泉 ベン・イェフダ亡きあとは、誰がつくっているんですか?

母袋 ベン・イェフダの遺志を継いだヘブライ言語アカデミーというのがあって、そこで討議して決めるんです。それで、こういう言葉ができましたって公示をする。たいがいは、借用語を使っていたから、しばらくせめぎ合いがある。で、そのうち、「アカデミー発の新語、いいんじゃない」となって定着する。


ヘブライ語アカデミーは現代ヘブライ語の語彙拡充をめざして、つぎつぎに新語を発表している。「コンピュータ」を表す「マフシェブ」は「考える」の語根に由来するアカデミー発の名詞である。「画面」は英語からの借用で長いこと「モニター」だったが、現在は「展示する」の語根からの「ツァグ」に、「SMS」もしばらく英語を翻字していたが、「伝達する」の語根からの派生語「マサロン」が定着した。一方、「メール」については、アカデミーは「電子郵便」の意味の「ドアル・エレクトロニ」を推奨しているが、現時点では一部の使用にとどまって、「メール」が一般的である。非常時態勢が日常化しているので、家庭でも移動時でもラジオを聞く。人々は必然的に、国営ラジオ局コール・イスラエルの「ヘブライ語のひととき」を耳にする。新語の是非を問いつつも、その言葉が耳に届く頻度が高くなれば浸透度も高くなるのは道理である。こうしたヘブライ語の拡充と純粋性の保護には、多言語国家ならではの側面もうかがえる。コンピュータ用語を英語のカタカナ翻字で間に合わせている日本とは事情がちがう。

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