July 25, 2017

2017-07-25

14時起床。

小さくを目標を立てて、それをクリアしていくようにしよう。

今日は、

  • 『線形代数ノート術』を2時間
  • マイナンバーカードを取りに行くこと

が目標というか、予定。これさえできれば、今日は100点。

わざわざ乱数生成で色々決めるのダルいなと思うし、別に乱数でなくてもよいとも思う。でも、いずれにせよ、「外出する時刻」を、アラームでセットしないと外に出られない(出られる割合が低い)というのは、正しいようだ。「なぜ?」と考えても、あまり意味は無いだろう。

>>> random.randint(30, 50)
37

37分後に外出する。

マイナンバーカードを受け取った。写真は犯罪者のようだ。

受付をしてくれた人(役所の人)は、2人とも若くて(1人は「研修中」だった)きれいな人だった。

ルックスが綺麗で、それなりに学歴があり、更には面倒で倍率の高い試験をわざわざ突破するだけの真面目さと頭の良さもある人が、区役所の公務員。

これは、バブル以降の、経済的に衰退していく一方の時間の中での「合理性」の一つの表現なんだろうと、思ったりした。まあ、たった2つのサンプルから何がいえるか、という話でもあるが、生まれ育った時代の経済の調子とそのリスク選好の程度に相関が見られる、というのは有名な話でもある。

しかし無責任にーーその個別の合理性を鑑みずにーーいえば、能力の無駄遣いだと思う。

 ・・・

さて、何かを始める時刻をむしろ決めるべきなのかもしれない。

>>> random.randint(30, 50)
50

50分後に『線形代数ノート術』を始めよう。

2時間が終わった(日付は変わったが)。

というわけで、今日の目標は達成。ただ、線形代数の今やってるところは、基本的には「文法学習」で、これを2時間は長い、と気づいた。なので、1時間にしよう。


最近、ACT(アクセプタンス&コミットメントセラピー)の本を読んだ。で、多少の雑感。

ACTの語る人間への前提には最もなところがある。不愉快な思考、感情を人間は避けられないのだし、進化論的にいえば、人間はそもそも環境からのネガティブな信号を警戒しておくようにできてもいる。だから、それを「ポジティブ思考」で乗り越えようにも無理があり、不愉快な思考は繰り返し繰り返し戻ってくるだろう、という。

それは最もだと思う。自己啓発的な言葉が無効であるからこそ、自己啓発書が存在する。

でも、そこは最もで現実的なのに、その一方でACTの仮定する「人間」、その「欲望」は(非現実的に)狭かったりもする。例えば、ACTの対象とする人間は、反社会的な欲望を持たない。仮にそれをクライアントが語っても、それは本心でなく、ということになる。

いくらなんでもそれは狭い。反社会的な欲望なんて、ありふれている。

しかし、その「狭さ」は、本の置かれる文脈を考慮すると納得できることでもある。この本は、ACTのセラピーに役立つよう書かれている。ということは、それが相手にする人間は、わざわざセラピーにやってきて、ACTの思想・前提を多かれ少なかれ大人しく聞き、ACTのエクササイズを従順に実践するというタイプの人間だということになる。要は、それが対象にする「人間」とは、「セラピーに来る」という「かなり強めのスクリーニング」がすでにかけられた「後」の「人間」なのだ。だからそれが「狭い」ことは、自然でもある。

さらにいえば、その「セラピールーム」の設置されている場所は「英語圏」なのでーーこの本は翻訳書だーー、日本の読者たるわたしから見れば、「より狭い」。例えば、ACTにおいて重視される「価値」は、あからさまに西洋的な価値で、それに説得力を感じるのは難しい。

もちろんその「狭さ」は、批判されるようなものでもな必ずしもないとは思う。「狭い」のでなく「広く」、更には「深い」精神療法の筆頭には、フロイトの「精神分析」があるだろう。その深さと広さは、20世紀の芸術がそれなしでは様変わりしていただろうことを考えればいい(まあ、わたしはよく知らないのだが)。でも、精神分析は広く深いがゆえにーーーー操作可能なまでに人間を切り詰めたりしないがためにーー経験科学ではないのだし、また、実効性に疑問符が付けられることにもなっている(のだろう)。だからACTに限らず、「狭い」ように見える精神療法のその「狭さ」は欠陥でなく、むしろ「美点」なのだ。

しかし、わたしは「セラピー」を尊重する義理も必要もない。バカらしいとはやっぱり多々思う。

©Something | Randomized 2017