July 20, 2017

2017-07-20

15時半起床。何でこんなことになっているのだろう。家賃を振り込みに行くはずだったのだがーー。

午前2時に、洗濯を始める。アラームを合わせた。

線形代数のテキストを進める。

>>> random.randint(20, 40)
26
  • 終わり。次は24分。
  • 終わり。次は23分。
  • 終わり。次も23分。
  • 終わり。

  • 江川博康『大学生の線形代数』

を買った。新版が出たせいで、送料だけで買えた。


『マシュマロ・テスト』p.189。心理的な痛みも身体的な痛みも脳の同じ部分を活性化させるーーつまり、「心が張り裂けるように痛い」とは「メタファーではない」。その話自体は以前にも聞いたことがあった。が、その話の紹介の後に、冗談のようなことが書いてあった。

じゃあ、心の痛みに鎮痛剤も効くんだろうか?

答えはイエスであるらしい。(マイケル・ジャクソンは鎮痛剤依存で死んだのでなかったか)。

それにしても、『マシュマロ・テスト』は厄介な本だ。子どもの時に目の前の報酬(マシュマロ1個)を、後の報酬(マシュマロ2個)のためにどの程度我慢できたかが、将来のその人の健康・幸福・自己実現度合いを、偶然以上の確率で占えてしまうというのだから。

読んでいるとどうしても、「始まりから全てが、結局のところ決まっていた」感が浮かびもする。これは、哲学的な決定論とかでなく、もっとカジュアルな、しかしカジュアルであるからこそ直観的で、扱いに困る。

「初期設定(遺伝)」が全てだったんではなかろうか?

そんな気分。

人は確率や偶然を上手く(直観的に)扱うことができない。「事前の設定(遺伝)」と「その後」とをつなぐ「経路」の分布を考えられない。

別に決定論云々はどうでも良いとはいえる。でも、その「経路」を考える必要はある。

シミュレーションで、その経路を簡易かつ擬似的に描いてみる。

手持ちの金額を10,000円とする。フェアなコインを振り、表が出れば100円を得て、裏が出ると100円を失う。そんなゲームを1,000回やる。で、その試行を100回繰り返す。

フェアなコインの賭けの期待値は0だ。つまり、感覚的には、結果は10,000あたりに集中するだろうと思う。

でも、結果は例えばこんなふうになる:

0721.png

一番上の赤のラインでは手持ちが倍になっている。下の方ではは1/4になってしまっているものもある。これは五分五分の賭けの繰り返しの結果だ。しかしそれは「期待値は0」ということから想像するよりも遥かにバラバラである。(上記は乱数によるシミュレーションなのでやるたびに形状は変わる)。

五分五分でさえ、こうなる。

なら、条件がもっと死ぬほど複雑だった場合、その経路と結果の分布も、死ぬほど複雑になるだろう。すると、その死ぬほど複雑なはずの経路・結果を、遺伝子による初期設定だけで有意味に語ることにも無理があることにもなるだろう。

これが、「初期設定(遺伝)」が全てだったんではなかろうか? という気分に対して、解毒的にとりあえず考えられること。


でも、試行(現実・人生)は一度きり。

0721.png

  • 無数の試行の経路とその結果

という観点から見ると、初期設定だけで全てが語り得るというのにはムリがある。

でも、

  • 一回きりの試行の経路とその結果

という観点から見ると、初期設定だけで全てが語りうるように見えてしまう。どうあれ振り返れば始まりからの一本道なのだし、わたしはこのわたししかおらず、現実もこの現実しかない。

©Something | Randomized 2017